2014年04月13日

遠吠え043

狼です。

誓って言いますが、死ねとか死んで欲しいとか、
私が誰かに対して言う事はありません。
それだけは誰かに投げてはいけない言葉であり、
そう思わずに居られないほど嫌な気持ちを抱いたときは
それを言う前に自分が嫌になるものです。


こんな状況ですが、
今回の記事では私の学生時代までの話をしようと思います。

私は今思えば、家庭も学校も、恵まれた環境だったのだと思います。

裕福ではなかったものの両親は円満で、過保護でも放任でもなく、
躾という名目で暴力を振るう事も無く、
末っ子という事もあり大分甘やかされていたとは思いますが、
かといって何でも我儘を通してくれた訳でもなく、
過ちも正しいことも、言葉・理屈で丁寧に伝えてくれていました。
そして同じように伝えられた兄者達も、同じように私に伝えてくれていました。
多少のすれ違いや不満はありましたが、
それでも父母や兄を信じていられるのは、そのお陰でしょうか。

学校では、流行りに疎く人と話を合わせる事も無い私は、色々と浮いた存在でした。
スポーツも得意でなく、服装が冴えているわけでもなく。
中学に上がってからは、勉強も思うように出来なくなっていました。

東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件の際、
漫画やアニメが大好きで、兄の購読していたNewtypeを当時から読んでいた私は
オタクと蔑まれ、随分な扱いを受けたのも記憶しています。

けれども、だからこそ、立場や腕力に物を言わせた暴力が嫌いになり
自分は公正でありたい、と無意識に思うようになっていたのだと思います。
教師の多くは私に無関心でしたが、
中学の時の恩師は私のそんな気持ちを感じていたのか
「自分の正しいと思うことをやれ」と個人的に声を掛けてくれていました。
高校三年の時の恩師は、特に誰かを贔屓する事はありませんでしたが、
私の話を静かに聞いてくれる懐の深い爺さんでした。

そんな人達に支えられていたから、
蔑まれても罵倒されても気にする事無く、根拠の曖昧な下らない批判は鼻で笑い飛ばし
自分の中のある種の「正しさ」を信じ、過ちを重ねても都度反省する事が出来ていたのだと思います。


さて……仔猫の話になりますが
話を聞いていると、そうした経験や支えが、全く見えないのです。

自分の正しさを自分で作り上げて支えるしかなく、
自分を蔑む者を憎悪することでしか、自分の正しさを信じて護る術が無い
そんな風になっていってしまったのではないかと、想像してしまいます。

自分の主張通りに動いてくれる人は味方
自分の主張を否定する人は敵
こんなあまりにシンプルで哀しい心の構造を作り上げてしまったのではないか、と……

私は、仔猫の理想に「正しさ」をみとめています。
彼女は純粋で清らかで、その周りにあった歪んだ世界の中で、正しくあろうと生きてきた。
それが素敵で正しいからこそ、やり方に不正があってはならないのだ、と思います。

私は主張の正しさは認めても、やり方がまるで違う
それは彼女にとって否定ですらある。
そう受け取ってしまったのではないかと思います。

それは死を宣告されたに等しかった、という事なのでしょう。


私は、仔猫に伝えてあげたかった。
貴女の理想は正しいものなのだと、誰にも馬鹿にされる筋合いのないものだと。
だから、何を言われようが気にせずそれを貫けばいいのだと。

私は貴女の正しさや清らかさ、眩しさに照らされることで、
自分の中にある多くの穢れや過ちに気付く事が出来たのだと。

だから私の親や恩師たちがそうであったように、直接的に護る事は出来なくとも、
貴女の心を支え、過ちを止め、痛みを和らげる大きなクッションでありたいと。
それが何物よりも強く、貴女を護ることになるのだと。


そして何度でも、伝えたいのです。
仔猫は、誰よりも素敵な女の子なんですよ、と。
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posted by のんびり狼 at 09:07 | Comment(6) | TrackBack(0) |
この記事へのコメント
初コメ失礼します、当方女性です。
詳細までは分かりませんが、数日前の記事から想像して彼女さんが他人から誹謗中傷を受けたんですよね。
その時、あなたは傷付いた彼女を思いきり労ってあげましたか?
辛い、苦しい、と訴える彼女に「そうだよね、辛かったよね」とまずは彼女の気持ちを受け止めてあげましたか?
傷心の彼女を理解しようともせずに「そんな言葉なんて気にするな、下らない」としか言っていないのだとしたら、酷すぎると思います。
そんな思いやりも持てない人が15才も年下の子と付き合おうなんて、はっきり言って“無理”ですよ。
厳しい意見ですが、もし的はずれでしたらすみません。
Posted by at 2014年04月13日 12:46
コメント有難うございます。

仰る通り、そうした部分が足りなかったのだと思います。
自分では、仔猫を労わり、傷つけた言葉を打ち消したくて、言葉をかけたつもりだったのですが……
こんな質なものですから、想像は出来てもうまく共感が出来ない、のでしょうか。

ただし、彼女が傷ついた事に対して下らない、などと言った覚えはありません。
罵倒する人間が悪いというのは当たり前ですので、「下らない」と表現したとしたら、それは罵倒を発した人間に対してです。
それが誤解を生んだか、拡大解釈されたかの可能性は大きいです。

ともかく、ご意見有難うございます。
Posted by のんびり狼 at 2014年04月13日 13:46
■共感vs解決

女性が男性に相談ごとをする場合、多くは共感を求めているにすぎない。もちろん深刻な悩みや適切な助言を求めていることも多々あるだろうが、それと同様に単なる共感、場合によっては聞いてほしいだけのグチ話も少なくない。

対して男性は、問題解決にやっきになるあまり、相談者の落ち度を指摘したり命令口調で助言したりするなど、女性が求めていない答えが多い。これは相談者=弱者ととらえ、自分の序列が高いと勘違いしているからだ。

この構図は完全な間違いとは言えず、相談とは他人の知恵を借りることだから、自分よりも序列が高い人でなければ相談相手は務まらない。

ただし、女性は共感を求めているのに対し、男性は解決を探しているのだから、どちらも納得できるゴールにはたどり着けない。最後は「私のことを分かってくれない」「おまえのことを真剣に考えているのに」で、努力むなしく物別れとなる。

女性は成就し、男性は約束する。(ニーチェ・「人間的、あまりに人間的」より)
Posted by at 2014年04月13日 14:04
コメント・ご意見、有難うございます。

私が仔猫に何かを言う場合、命令形は避けて一応提案する形にしては居るのですが、
「こうするのが筋だと思う」という部分が出てしまうため、上からに見えてしまう事も少なくないのだと思います。

お言葉、一々腑に落ちました。
重ねて、有難うございます。
Posted by のんびり狼 at 2014年04月13日 14:10
この本が指摘しているのは上から目線かどうかではなく、女性の相談に対しては問題解決の手段を示すよりも相手の気持ちに共感することが大切、ということ。
今回の場合「中傷されて悲しい」と言う彼女に対して「そうだよね、悲しかったよね」とまずは共感することがベストであり、共感もしない内に「中傷なんて受け流せばいい」と手段を示すのはすれ違う元です。
残念ですが先程の文章しかり、こういった物の本質や女性の気持ちが理解出来ない、あるいは理解しようとしない辺りが彼女も不満だったのでは?
同じ女性として、年若い彼女が気の毒で仕方がありません。
Posted by at 2014年04月13日 14:57
ええと、言葉足らずですみません。

全体的な趣旨は把握した上で、当該箇所がそのままだと思われるのは心外、という事であのような書き方になりました。
あの箇所だけを読んだのであれば「一々腑に落ちた」等とは申しません。

ともあれ、一意見として受け止めさせて頂きます。
有難うございました。
Posted by のんびり狼 at 2014年04月13日 15:31
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